遺伝記/2008 総評 (戦績表最終版)



最終戦績表

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総評

2008年度遺伝記ランキングは、右記のように、
深澤夜(027)
を1位としました。

 


恐怖箱では、これまでに実話怪談を広く求め、発表する支援を行ってきましたが、実話とされるものが恐怖を感じる対象にはならない人も少なからずいます。むしろ、実話怪談に恐怖を求めていることを広く宣言できる人のほうが、実は少数派なのかもしれません。
饅頭と熱いお茶から事故死体に至るまで、あらゆるものが人の恐怖の対象、忌避すべき存在となりうるわけですが、これを「樹木」「連鎖する」というテーマの連鎖小説群として同時期に書き下ろすという遺伝記の主題は、応募者諸氏にとって恐らく非常に厄介なものであっただろうと思います。
文章力、発想力が求められるのは当然のこととして、それを「目前に出された他の要素と、如何に結びつけるか?」という発想の柔軟さ、頭の切り替えの速さを特に強く求めた結果、今回のようなスタイルでの開催となりました。
アイデアが面白くなければ文章だけうまくても意味がありません。作者が独りよがりで読者の興味を引けなければ、傑作でも読んでもらえません。こうした文章作品は、音や絵が伴わないものであるだけに、「如何にして読者の興味を惹くか」が常に大きな課題としてつきまといます。
今回、1位の深澤夜は、発想・着想の幅広さ、ルールを如何にして拡大解釈するか(都合良く納得させられるように破るか)について、特に秀でていたと思います。まさかの長文作品「長市の夜」は、その後の「アンブッシュ(せんべい猫)」「名殺探訪(昼間寝子)」などの重量級が書かれるためのブレイクスルー作品となっていますし、追従作品を多数生んだ「堀田春シリーズ」など、幅を広げるという挑戦的な姿勢と、それら個々の作品の完成度がバランスよく取れていました。発端となるアイデアを多く生んだ点、それに励起された作品を生んだ点は評価してよいと思います。
2位・つくね乱蔵は、短編を多く残しましたが、「どうやって繋げるか」「自分のフィールドに持ってくるには」という遺伝記の狙いをよく汲んでいたと思います。短編ならではの着想勝負の点でも1位にひけは取っていなかったでしょう。
今回、Bグループ(後述)の単発作品の中に怪作・快作が多く見出されたことは非常に喜ばしいことでしたが、そうした寡作な著者=他の作品が同様の品質であるかどうか確信が持てないケースでは、では編集者として仕事を依頼する立場に身を置いてみた場合に二の足を踏んでしまうかもしれない、という気持ちもありました。
2カ月という時間的制約、他人の作品と連携しなければならないという縛りは、個々の著者にとって窮屈な条件だったかもしれませんが、もし仕事で発注ともなれば、いつも余裕のある条件で〆切が設定されることばかりとは限りません。そのキャリアの初期においては、不十分な条件下で急かされることばかり。そんな状況下で成果を上げた人だけが、次のチャンスにありつける、というのが競争の初期における実情です。
遺伝記は、小説作品で商業的執筆機会を窺う方々にとっての、入り口の一つとなっていくことを目指しています。一生に一度の傑作を残す機会であると同時に、一生の仕事にするつもりの人にも門戸を開き、そうした人々が続いていけるような催しの第一回として、今大会は全ての応募者がそれぞれに一応の水準に達していたと思っています。

次に、前と同じかそれ以上になることは常に約束されているわけではなく、努力の結果後退してしまうことも珍しいことではありません。
故に、常に第一回、常にデビュー作のつもりで書き続けていくことが肝要であるのかもしれません。
今回、特にBグループの方々には、次の機会には是非複数の作品を拝見させていただければと思います。

 

 

 

順位 グループ eNo ペンネーム A偏差点(BP)
01 A01 027 深澤 夜 48.57
02 A02 008 つくね乱蔵 45.83
03 A03 011 ねこや堂 42.3
04 A04 021 久田樹生 39.96
05 A05 007 せんべい猫 39.36
06 A06 030 茶毛 37.04
07 A07 013 ユージーン 35.51
08 A08 017 華鹿 31.89
09 A09 032 猫塚イスマ 30.32
10 A10 001 PM 28.11
11 A11 022 高田公太 28.8
12 A12 005 不狼児 25.02
13 B01 018 廻転寿司 62.7
14 B02 031 昼間寝子 54.07
15 B03 033 51.7
16 B04 012 へみ 50
17 B05 024 松村進吉 45.9
18 B06 003 うえやま洋介犬 44
19 B07 006 じゅりんだ 37.8
20 B08 020 久遠平太郎 37.8
21 B09 025 上原尚子 36.45
22 B10 015 稲田屋 36.1
23 B11 026 森 久恩 33
24 B12 023 尚休 30.8
25 B13 034 和田ゴッホ 29.7
26 B14 004 うさるちゃん 28.8
27 B15 010 ナルミ 28.5
28 B16 019 怪聞亭 27
29 B17 029 泉原一華 25.2
30 B18 028 人刀 24.75
31 C01 014 壱 良月 -
32 C02 002 いとより -
33 C03 009 ティミー -
- Z 016 加藤 一 44.85
 

 

順位策定趣旨

遺伝記は恐怖箱では初の試みとなる恐怖小説著者を発掘する大会として位置づけられています。超-1を実話怪談のみに限定することで生じた別の需要について、体験者が実在することが前提の実話怪談とははっきり線引きをした、体験者が実在しない恐怖小説の枠組みを用意した上で応えよう、というものです。
実話怪談著者発掘大会・超-1では既に普及定着している、「作品の匿名公開制」「相互審査制」を、実話怪談以外に導入した初めての事例ともなります。

作品事のネタの好悪、文章力・構成力などの優劣については、読者による特定作者への思い入れ/贔屓目/色眼鏡を極力廃するため、作品公開時に作者名を公開しない匿名公開制を採っています。
これに基づき、作者名を伏せて公開された作品の出来だけを俎上に上げて、応募者の自己・交互審査、一般読者による相互審査が行われています。

その上で、遺伝記の目的は「無限連鎖する恐怖小説群」の練成と、究極的な目的は「商業的に恐怖小説を書く能力がある著者の発掘」となります。

第一回となる本年は、事前の企画周知がほとんどない状態で開催されましたが、応募総数は318話に及び、恐怖小説を書きたいという作者群に高い執筆意欲があることが確認できました。

単純に「準備万端整えて仕上げたいいものを並べて出来を競い、ごく少数の審査委員の好みに合ったものが選ばれる」という企画は、過去多くの機会に行われてきました。そうした企画の中から傑作や傑物が見出されてきたわけですが、遺伝記ではそうしたものとはまた別の角度から「もの書く人」を見出したいと考え、今次の企画開催の運びとなりました。

 


遺伝記には幾つかの目論見がありますが、遺伝記を成立させるに足り得る資質=作者が「商業的な小説家として身を立てていくのに最低限必要な資質」という前提に立っています。
この資質には幾つかの要素が考えられます。

  1. 読者を惹き付ける魅力ある物語を考えつく能力
    書く能力より優先されると思います。
     
  2. 読者を惹き付ける魅力ある物語を書く能力
    もちろん、書く能力は必要です。これは文章力(構成力、描写力)と置き換えてよいと思います。
     
  3. 執筆速度
    一生に一度、一頁の傑作を書けても仕事にはできません。また、新人やキャリアの浅い著者に対しては、〆切が確実に守られるかどうかが、原稿依頼の時点での判断基準になる場合もあります。
     
  4. 一定以上の品質を安定供給できる量産力
    毎回仕上がりにばらつきがあっては評価は一定しません。信頼できる品質のものを、同じように(または前回を下回らないように)何度も書けるかどうかということです。より以上が求められるに越したことはありません。
     
  5. 自己分析力・自己改革力
    読者のリアクションと自作品の利点・問題点を見出す力、オーダーに対する柔軟な対応など、機転を利かせて自分を変えていけることが求められます。

    遺伝記では、他の作者の作品と接点を持つことが求められていますが、これは「他人の作品の動向や傾向に目を配り、読者・審査員の傾向を分析することができるかどうか?」「自分が用意したプロットの方向修正について柔軟に対応できたかどうか?」を判断するために求められていました。

多くの作品公募企画では、こうした資質を予め備えた人材の上澄みをすくうことを目的としています。そうした資質はあって当然、言われなくても条件は満たせて当然、その上でおもしろいものが書けなければいけないわけですから、当然門は狭くなります。
こうした資質を備え、条件を満たしていない人は、仮に商業的執筆機会を運良く得ることができたとしても、最初の一度以降に機会を活かし続けていくことができるかどうかが未知数になってしまいます。

アイデアが一作で枯渇してしまっては、文章力が生かせません。
アイデアがあっても、それを生かし最後まで完成させる文章力がなければ作品はこの世に現れません。
アイデアも文章も素晴らしくても、数年越しで一頁しか書けないのでは、商品化できません。
出来不出来が激しく、一定以上の出来のものを書き続けていける保証――その傑作が「まぐれ当たり」ではないことが証明されなければ、、仕事として作品依頼はできません。一生に一度の全身全霊作品を、記念として書く分には良いかもしれませんが、「もっと、今すぐに」という貪欲な要求に応えていける人だけしか生き残れません。
小説は、著者が一人で向き合って作る作品です。もちろん、担当編集者による適切なアドバイスが得られる場合もあるかもしれませんが、その大部分は作者個人の資質、或いは作者個人の自己改革力に委ねられる部分が大きいものと思います。作者としての信念は重要ですが、固陋であってはいけない。この違いを見極めることは非常に難しい、ということでしょうか。

何度も繰り返しますが、遺伝記という企画は「商業的に執筆する意志と能力のある人材を発掘する」という究極目的を孕んでいます。

審査結果は、以上を踏まえた上で策定されました。

順位策定ルール

遺伝記のランキング策定の原本データは、作者名を伏せて公開された個々の作品に対する評価となっています。
実話怪談を扱う超-1の場合、取材力(=取材できた体験談・元ネタの数)を重要視するため、ランキングは応募作品の獲得した点数を単純に合計しています。
小説作品を扱う遺伝記の場合、取材力=アイデアに相当しますが、アイデアがたくさんあればいい、というものではないため、単純な合計点だけが順位に影響を及ぼすわけではありません。

以下に、順位策定ルールを説明させていただきます。

 


今回の全応募作品の獲得総合点を加減算すると、6434点になります。これを、応募総数318作で割った数値20.23点を、便宜上「偏差基準値」とします。
この点数が、全応募作の平均点となります。

獲得総合点6434点÷応募総数318作偏差基準値20.23点

小数点以下を切り上げて、偏差基準値を21点とします。

全応募作318作のうち、21点以上を獲得した151作を、偏差基準値以上を獲得した有効作品とします。この時点で21点に届かなかった167作品は、読者(審査員)に求められる一定の品質に届かなかった、ということになります。

以上を踏まえて、作者(応募者)を3つのグループに分類します。

  • Aグループ
    21点以上の有効作品が3作以上ある応募者
     
  • Bグループ
    21点以上の有効作品が2作以下の応募者
     
  • Cグループ
    21点以上の有効作品が0作の応募者

Aグループは「読者に求められた一定の品質を持つ作品を、複数作以上完成させている」つまり、良作の量産が可能であることを実証した作者群、となります。
Bグループは「突出した作品を完成させたが、そうしたものを量産できなかった/しなかった」つまり、寡作、或いは作品品質は高かったが、それがまぐれではないことを証明できたとは言えない作者群となります。
Cグループは今回の読者(審査員)が求める品質、或いは方向性とは合致しなかった作者群です。

個々の応募者について、講評によるボーナス&ペナルティを加味した次の公式で個々の偏差点を算出します。

個々の応募者ごとの有効作品の獲得合計点÷有効作品数×講評によるボーナス&ペナルティ(BP補正率)=A偏差点(BP)

A〜Bグループは、A偏差点(BP)の数値が大きい順に「良作を量産できた作者」として順位を決定します。
ただし、偏差点が同点の場合は有効作品数が多い順、有効作品数が同じ場合は、応募母数(有効作品以外も含めた作者個別の総応募数)が多い順に上位とします。
Cグループは合計点順です。

遺伝記に限った話ではありませんが、商業的な執筆機会にあっては、作品にはアイデアの意外性や文章の完成度以外に、信頼性(安定した品質、速さ)が求められる場合が多くあります。
これらの順位策定で求められた「質、量、信頼性」は、商業的な執筆があった場合、明示されていなくても当然の前提として常に意識しなければならないものでもあります。
遺伝記では、特にそれらの実戦で要求される要素を数値に置き換えてランキング化しています。

将来、この中から次の機会に進む人々が選ばれることもあるかと思います。もちろん、来年以降の恐怖箱では、そうした機会創出を目指していきたいと考えています。

 

 

 

 

 

 

※なお、公式スタート前後に投下された種作品とその作者も、一般応募作品同様、審査対象となっています。ただし、企画主催者のものについては参考値扱いとさせていただきました。 

  


個別作品順ランキング
(作者名同定版)

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ボーナス&ペナルティ(BP補正値)について

 

戦績表にある講評達成率は、全応募者によって行われた「コメント講評」または「blogからのトラックバック講評」を、エントリーNo.別に分けたものです。
講評者のうち、まったく講評を行っていないもの、及び講評達成率が1%に満たないものについては、自己講評のみを行っていたとしても、集計システムの都合上0%に換算して集計しています。
また、端数は切り捨てで集計しています。

基本的に、エントリーblogのログを基準として集計・検査を行っています。このため、エラーの救済については以下のようになっています。

トラックバック講評のうち、「本文中の点数と、見出しに書かれた【点数】が違っていた」場合、本人から訂正する再トラックバックがない限り、「見出しに書かれた【点数】」を最終確定点としています。ログに集計検査対象として記録されるのはこちらだからです。

トラックバック講評のうち、「トラックバックはされていたが、トラックバック先が間違っていた」ものについては、気付いた限り訂正して、正しい作品へ接続し直して救済していますのでセーフですが、気付かなかったものについては漏れる可能性があります。

同じくトラックバック講評のうち、「自blogで講評が行われていたが、トラックバックがされていなかった」という場合については、エントリーblogのログ側で発見できずカウントできないため、講評は無効としてあります。

コメント講評のうち、講評のないNA投票(訂正、補足、既に行った講評の説明のみなど)は講評と見なされないため、基本的に無効扱いになっています。

ただし、「本文中に点数があるが、点数が選択されていなかった(NA)」ものについては、講評配点の意志ありと見なして、一律で【0】点の配点としました。 

コメントで講評が重複して行われたもの(一度講評済みであることを見落としたなど、同じ講評者が再講評したもの)については、原則として後から行われた講評の点数を有効とし、内容が完全に一致する「機械的理由/ソフトウェア誤動作による重複」の場合は、最後の講評以外を無効削除、内容が異なる(二度講評してしまい、双方の配点が違うなど)場合は、前者は点数のみ削除し、内容はそのまま残して最後の点数を採用、としてあります。 

この集計結果で得られた「ボーナス&ペナルティ率(90〜110%)」を、各応募作品で得られた得点の合計点に乗算して、補正値とします。

※なお、1%に満たないものは端数切り捨てにより、機械集計の上では0%として表示されています。

ボーナス&
ペナルティ

条件

点数+10%

自作品を含む全作品審査完了

点数+5%

自作品は審査完了
自作品を含む全作品の審査が50%以上〜100%未満の場合

点数+0%

自作品は審査完了
自作品を含む全作品の審査が50%未満の場合

点数-5%

自作品の審査未了
自作品を含む全作品の審査が50%以上〜100%未満の場合

点数-10%

自作品の審査未了
自作品を含む全作品の審査が50%未満の場合


 

では皆様。
また来年の遺伝記でお会いしましょう。

遺伝記/2009は、2009年7月1日始動です。