遺伝記とは?
とにかくとびきりの怖い話を読みたい。
できることなら、いつまでも続く怖い話を読みたい。
けれど、全てを決められた通り順番に読まないとならなうえに、先頭が見えない行列に並ぶのは厭だ。
作者の用意した数多くの複雑なお約束を全て網羅しなければ、読者として末席にすら加われないようなのは厭だ。
とても楽しそうな遊びの輪に加われない、後から来た転校生のような気分はまっぴらだ。
読者としては、作者の都合を考えず、しかしその世界を気楽に読みたいのだ。
どこからでも読み始められて、どこまでも続きが読めて、気になったらどこへでも遡っていきたい。
「そうか、これはそういうことか!」
「そうくるか!」
例えば、お気に入りの音楽を聞くとする。
同じバンドの別のアルバムを探して聞いたり。
同じメンバーが別のバンドにいたときのアルバムを探して聞いたり。
同じ音楽ジャンルの、別のバンドを漁って聞いたり。
同じバンドと一緒のライブに出演していた、別のバンドの曲を聞いたり。
同じバンドのやっている曲を、別アレンジで演奏しているずっと昔のレコードを聞いたり。
僕らはそうやって、目に付くもの耳に付くもの手に付くものを広げていく。
怖い話も、同じように楽しみたい。
同じ登場人物の別の物語を読みたい。
同じ舞台の別の時代の物語を読みたい。
同じ時代にあったかもしれない別の物語を読みたい。
同じ小道具の他の運命を知りたい。
同じ呪いの、同じ祟りの、同じ運命の、それぞれに異なっていく別の行く末を読みたい。
連鎖する物語。
或いは、遺伝していく物語群。
一列に並んだ一直線のリレーではなく、樹形図のように蜘蛛の巣のように絡み合い、様々な遺伝子を引き継ぎながら四方八方に膨張していく。
我々の歴史がそうであるように全てが繋がっていながら、どこからでも読み始められる。
世界の歴史を全て知らなくたって、隣人のことさえわかればいい。手の届く範囲の繋がりを読みたい。
そういう物語を読みたい。
できるだけ大勢の語り部によって書かれた、とびきり怖い話の群れを。
さて、書き手の皆さんには、これからこの遺伝する物語群を書いていただきたい。
報酬は、傑作選の印税。
傑作選を、たった一人で独占してくれてもかまわない。
その席を巡って、奪い合ってくれてもかまわない。
ただひとつ、読者総代としてお願いしたい。
怖がらせてほしい。